昨日、某新聞の記者から電話があり、川田順造氏が亡くなられたことを知らされた。すでに新聞などで報道されているとのこと。確認のために川田氏のお宅まで行ったのだそうで、記者の仕事も大変だなあと思いつつ、こちらからは川田さんとの交わりのことを少し話したのだが、電話を切った後、あれ、記者の方は一体何を聞きたかったのだろうと首を傾げたことだった。
川田さん、少し強引な面もあったが、気遣いの人でもあった。「洪水」8号の湯浅譲二特集のとき湯浅さんと対談をしていただいたのが最初だったが、そのあとの食事でムール貝を好んで食べておられた姿が記憶に残る。川田・湯浅両氏は以前、音楽雑誌の誌上で往復書簡を交わしたことがあり、今回の対談と、もう少し材料があれば一冊の本になるという川田さんの発案で、対談の第二弾を湯河原の川田さんのお宅で行うことになり湯浅さんとともにうかがい、収録。往復書簡と二つの対談をまとめたのが『人間にとっての 音⇔ことば⇔文化』(燈台ライブラリ)だ。この新書シリーズを始めるきっかけとなった一冊であり、川田さんがいなければこの本もこのシリーズもなかったのだ。
この本の中で川田さんはいろいろな話をしているが、言葉を扱う仕事をしている身として、次の箇所は特に興味深いと思ったので引用紹介する。
縄文語の研究は小泉保さんとかやっていますけど、ぼくの友達のアイヌ語の第一人者の中川裕は、縄文時代には日本列島の大部分がアイヌ語かアイヌ語の祖語にあたるような言葉を話していたんじゃないかと言っています。あとで弥生系のやまとことばが入ってきた。もちろんアイヌ文化とかアイヌ語は古いまま残っているわけではなくて、東シベリヤの影響も受けて十四世紀ごろから形成されたわけだけれども、それの祖語みたいなものが東北には強く残っているんじゃないか。ぼくも東北で昔話の採録をやって感じましたが、今の仮名文字では東北の昔話は書けない。東京言葉も書けない。
浅草の花川戸の桶田彌三郎さんという、もう亡くなりましたけれども、きれいな東京下町言葉を話す鳶の頭がいて、あとで調べたら、国語学のほうでも重要なインフォーマントにされていたみたいです。小学校は行っているから、その限りでは文字教育の汚染は受けているんだけれど、それでも標準語化されていない、軽く鼻に抜ける素晴らしい言葉を話していました。その人のお話の録音を、わたくしは学生時代オープンリールでずいぶんたくさん録ったんです。前に外語大にいたころに国語学の人がわたくしのことを聞いて、テープ起こしをやりたいと言って、二人でテープ起こしをしたんですけど、できない。
つまり猛烈に複雑な発音記号で書けば別でしょうけど、仮名で書くのは無理。話の内容を概念化して、何の話かを捉えていけば書けることは書けます。だけど、書いたものをもう一回読んだら、元の桶田さんの話とは似ても似つかないものになる。それ以来ぼくは仮名文字というのは奈良や京都や近畿の方の間延びした、子音と母音の組み合わされた構造がはっきりしているような言語の中で形成された文字だから、そうなんだろうと思うようになったんです。だから仮名文字では、東京言葉も書けない。
心よりご冥福をお祈りします。
(池田康)

みらいらん15号が完成した。164ページ。

谷口ちかえさんの新著『世界の裏窓から ――カリブ篇』が洪水企画の〈詩人の遠征 extra trek〉シリーズの第2巻として刊行となった。A5判、272ページ、定価2420円(本体2200円+税)。
「ぱにあ」所属の杉中雅子さんの第三歌集『ザ★家族III「メッセージ」』が出来上がった。A5判並製カバー帯つき。144ページ。税込1980円。2017年以降の作品312首を収める。
泉遥さんの第二歌集『風の唄』が完成した(「そして それから」はサブタイトル)。3年前の第一歌集『風の音』以降の作品を収める。四六判128ページ。大病を抱えながら生きてきて、今年86歳、その感慨が歌集の中心を流れる思いだ。親しみやすいうたいぶりで、構えることなく流れるように読んでいくうちに長野県飯田市に住むこの歌人の生活がありありと目に見えてくる感じがする。帯に載せた5首: