2019年12月03日

塚田恵美子著『風を起こす』

風を起こす画像blog.jpg塚田恵美子さんのエッセイ集『風を起こす』が洪水企画から刊行された。四六判194ページ、並製カバー、1800円+税。
先に刊行された歌集『ガーコママの歌』の姉妹作で、短歌文芸誌「ぱにあ」に2015年から今年まで連載された文章をまとめたもの。写真をふんだんに入れ、自作の短歌作品もところどころに引用し、また各章の扉には著者が撮影したカラー写真を載せ、にぎやかな構成になっている。長野県大町市での合鴨農法による米作りの実際がこまかく紹介され、合鴨との悲喜交々のつき合いが詳述されるのだが、その語り口の軽やかさが爽やかで楽しく、なんの苦労もなく読み進むうちに、農家でない人間には未知の米作りの季節ごとの諸々の仕事にいつの間にか親しくなっている。
地元の小学校で生徒たちに合鴨農法や短歌を教える機会があったときの子供たちとの交流もみずみずしく感慨深く回想される。かと思うと、血縁の人たちが先の戦争をどうくぐり抜けたか、いかに傷ついたり命を落としたかも大切なこととして語られ、エッセイ集としての奥行きを広げている。塚田さんは言う「私の右手は、飢えや戦火、殺し合いという苦しみ・悲しみを背負ってきた人たちと手を繋いできました。左手は、私の次の世代の子供と手を繋いでおります」。さらには、猿、鷹、鹿、熊など獣との戦い(苦戦続き)も息詰まる思いで読むことになり、この世界はからなずしも人間の専有物ではないことがしかと思い知らされる。
夫の塚本伸一さんによる、戦後いかにこの地で田畑を開拓してきたかを語る文章も跋文のかわりとして収録され、ささやかな家族史が完成した観がある。信州の自然に包まれた農の生活が、かけがえのない魅力とともに立ち現われてくる、貴重なエッセイ集だ。
(池田康)
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2019年11月27日

「二十四の瞳」のことなど

「みらいらん」次号で小特集「童心の王国」を組むことになっているその連想で、そういえばまだ見てなかったなと思い、DVDで映画「二十四の瞳」(木下恵介監督、1954)を見た。昭和3年から始まる、小豆島が舞台の物語。中心となる大石先生(子供たちからは小石先生と呼ばれる)を高峰秀子が演じるのだが、キャストの名前が並ぶ順から言うと子供たちが主人公のようだ。今から百年近く前の、都会から遠く離れた地方の生活が映し出されるわけで、眼福ともいえるシーンがたくさん出てくる。とりわけ和式の着物に身を包んで走り回る子供たちがまぶしく、なにか羨望のような気持ちを抱いた……自分もあんなふうに着物を着て田園風景の中で遊ぶ子供時代を送りたかったなと……なにとぼけたこと言ってるかと怒られることはわかっているが。戦中の暮らしづらい様子も描かれ、終戦まで話は進むのだが、十二人の子供たちのうち男の子の何人かは出征して戦死し、墓がずらりと並ぶという、学校ドラマとしては破格の大きな悲劇で幕となる。大石先生は、いい先生なのだが、テレビドラマの学園ものでよくあるようなスーパーヒーロー教師ではなく、それぞれの子供の苦境に際してもとくに卓抜な解決策を出して助けるわけでもなく悲しげに見守るだけの、どこにでもいそうな普通の人間として描かれていて、そのさりげなさが物語を堅牢にしていると思われた。
話が飛ぶようだが、「みらいらん」次号の〈対話の宴・野村喜和夫の詩歌道行〉でゲストとして登場して下さった阿部日奈子さんの新詩集『素晴らしい低空飛行』(書肆山田)の前半で描かれるのも、どこにでもいそうな(自分と同じだと共感できる)はぐれ者の処世の四苦八苦であり、小説でも描きにくいだろう生活のありふれた底部を露出させたところが特色となっている。この本については今回の対談で詳しく語られるので、ご期待いただきたい。
(池田康)
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2019年11月16日

Echo after Echo

東京都現代美術館(江東区三好)でひらかれる展覧会「Echo after Echo 仮の声、新しい影」(11.16〜2020.2.16)の内覧会があったので拝見しに行ってきた。吉増剛造さんの展示があったため。詩人・吉増剛造はここでは映像作家の鈴木余位、音響チームのKOMAKUSと組んで「表現活動を記録・共有する」ことの作品化を試みている。この夏から秋にかけての宮城県石巻市でのReborn Art Festivalの、牡鹿半島・鮎川で制作した詩も出てきて(マドモアゼル・キンカ……)、そこを訪れた日をありありと思い出した。ここ数年頻繁に美術館に登場する吉増氏の仕事、いまや詩の世界の人たちよりもむしろ美術の世界の人たちの方がよく見えているのかもしれない。
この展覧会ではほかに、THE COPY TRAVELERS(複製、コラージュを用いたにぎやかなタッチの作品)、PUGMENT(ファッションを題材にしたインスタレーション)、三宅砂織(カメラを使わない印画紙撮影)、鈴木ヒラク(洞窟壁画のようなドローイング)の作品が見られる。一見へんちくりんな姿形でも、作品として重みを感じさせるものがあるのは、並ならぬ本気度が大事なのだと気づかされる。
同時期にあと二つ、展覧会があり、一つは「DUMB TYPE ACTIONS+REFLECTIONS」これはメディアアートの制作集団ダムタイプの35周年の回顧展的な展示。現代を領する冷気が伝わる。もう一つは美術館の新しい収蔵作品を紹介する「いま─かつて 複数のパースペクティブ」で、草間彌生の(強い美術作家になる前の)初期の素朴さが残る作品、岡本信治郎の「ころがるさくら 東京大空襲」、秀島由己男のメゾチント作品など、よかった。
この美術館は広くて立派だが、地下鉄の駅から遠いのが弱点だ。迷子になりそうで心細い。舗道に特別のタイルを埋め込むとか道しるべとなる彫刻を並べるとか美術的に工夫された道標があるとよいのにと思う。
(池田康)
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2019年11月13日

詩素7号

siso07.jpgすっかり秋になり、過ごしやすく、昨日の満月はみごとだったが、これから冬に向かうと思うと、一難さってまた一難かとため息が喉もとまで出かかる。
さて「詩素」7号が完成した。今回の参加者は、海埜今日子、大仗真昼、北爪満喜、小島きみ子、坂多瑩子、酒見直子、沢聖子、菅井敏文、大家正志、たなかあきみつ、南原充士、二条千河、野田新五、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと小生。特別寄稿「まれびと」コーナー登場は吉田博哉さん。巻頭トップは平野晴子さんの「秋の柩」。定価500円。しかし洪水企画ではすでに品切れなので、入手ご希望の方はメンバーにあたっていただくか、七月堂にもしかしたら残部があるかもしれない。(池田康)
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2019年11月05日

野村喜和夫+阿部日奈子 トークイベント

IMG_7366.JPG2日(土)午後に、〈対話の宴/野村喜和夫の詩歌道行3〉が「未知への痕跡〜読む行為が書く行為に変わる瞬間」というタイトルで阿部日奈子さんを招いて、詩とダンスのミュージアム内ブックカフェ「エル・スール」で開催された。
前半は野村さんの手によって刊行された『ルネ・シャール詩集 評伝を添えて』をもとにルネ・シャールについて率直に議論され、後半は阿部さんの第一詩集『典雅ないきどおり』からこの秋刊行された新詩集『素晴らしい低空飛行』に至る道のりを辿る形で対話が交わされた。詩人・阿部日奈子という眩い稲妻が天から飛来し周囲をしたたか焼いて駆け抜けていったという感じの二時間だった。この対談は「みらいらん」次号に掲載の予定。ご期待下さい。(池田康)
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2019年10月28日

スタシス・エイドリゲヴィチウス展ほか

昨日は、野田新五さんのご教示に従い小平市小川町の武蔵野美術大学にスタシス・エイドリゲヴィチウス展を見に行き(芸術祭開催中で美術家の卵とその友だちでキャンパスはとても混雑していた)、その近くの小川西町のNMCギャラリーでの山本萠さんの個展に寄り(今回は書の作品中心。八木重吉の詩が多く取り上げられていて、先日の江田さんの歌集が思い出され、符合を感じた)、ついでに初訪問、府中の東京競馬場に足を運んでアーモンドアイの無敵の韋駄天ぶりを目撃した。
ポーランドの画家スタシス・エイドリゲヴィチウス、絵が上手すぎるくらい上手い。それぞれの絵に働いている奇想がどれも面白く、それを易々と実に巧みに構図にしてしまうところ、憎いくらいの自在さだ。そして、まん丸のつぶらな「目」が印象的。蔵書票などごく小さい絵もいいものがたくさんあった。図録が完売になっていて、残念。展覧会は11月9日まで。この画家について、野田さんがとても興味深いエッセイを「詩素」次号に書いている(近日中に完成の予定)。ぜひご覧いただきたい。
(池田康)
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2019年10月25日

高橋アキ/ピアノリサイタル2019

昨日は豊洲シビックセンターホールでの高橋アキさんのピアノリサイタルを聴きに出かけた。曲目は、シューベルト「ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲」「4つの即興曲」、一柳慧「ピアノ・メディア」、間宮芳生「家が生きていたころ」、鈴木治行「句読点VIII」、クセナキス「ヘルマ」。
シューベルトは、なぜこんなに傾倒して集中的に取り組むのだろうと不思議に思わないでもなかったが、ショパンに代表されるピアニズムの精緻とはちがった、ある音型やフレーズの素朴な繰り返しを多用して曲を築いていくところが、高橋アキさんが専門にしている現代音楽曲に通じるところがあるのかもしれない。「4つの即興曲」にこもる内向的な熱には圧倒された。一柳慧「ピアノ・メディア」は有名な曲だが、今回、前から2列目の席という間近で、至妙の手の動きを見ながら聴くことができ、特別の興奮があり、大幸運だった。間宮作品は朗読付き(イヌイットのファンタジックな物語)、ピアノの響きのユニークに美しい瞬間が不意を打つようにちりばめられる。鈴木作品はタイマーを使った、主知的な曲と聴いた。「コンセプトは、音楽の自然な流れの切断、脱臼」と作曲者は解説する。クセナキス「ヘルマ」はとんでもない音の爆発で、ピアノ演奏の一つの極限に挑むものか、指が飛んでいた。アンコールでは湯浅譲二作品(小品二つ)とともに、武満徹編曲の「ゴールデンスランバー」が、最近亡くなられた武満夫人を悼んで演奏された。
(池田康)
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2019年10月22日

歌集『重吉』書評会

先週末の土曜日、江田浩司さんの歌集『重吉』の書評の会があり、参加した。文芸評論家の神山睦美氏が主宰する勉強会で、十余人が集まる。私のような新参の飛び込み参加も意に介さない開放的な空気は心地よくありがたい。歌人と詩人が半々くらいで来ていたか。神山氏の話は構えの大きな序の論の運びも参加者の発言の受け取りもとても丁寧で慮りが深く、感服した。『重吉』は、前にも少し紹介したが、詩人の八木重吉を思慕し讃仰する、歌集としてはきわめて特異な作品集であり、激賞から当惑まで多様な反応をもらっていると江田さんは語っていたが、この日は八木重吉の抱く本質的な悲しみ、キリスト教的要素のこと、重吉の詩とこの歌集の短歌の世界の違い、弱さのしなやかさの精霊的なもの、宗教文学の季節外れの霹靂、等々のテーマが出て各々さまざまに違う意見やら感想やらを開陳し、おおいに勉強と刺激になった。こういう気持ちの良い、質の高い充実をおのずと達成する研究会はなかなかないように思った。
この日はまた京橋のギャルリー東京ユマニテに立ち寄り、加納光於さんの個展を拝見した。1994年作の《巡りあう種子のように》連作とともに、最新作であろう、2019年作の《夜狐―六庭譜》連作が展示されていた。A4の大きさ程度の絵が6枚一組でまとめられている。三幅対の倍の構成だ。どういう考えからこのような構成に至ったのか、ゆかしい。加納さんは来月より富山県美術館で大きな展覧会も控えていて、にぎやかに多忙を極める秋のようで、喜ばしいことだ。
(池田康)
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2019年10月10日

トークイベント 野村喜和夫×阿部日奈子「未知への痕跡〜読む行為が書く行為に変わる瞬間〜」のお知らせ

洪水企画&エルスール財団共同企画トークイベント
野村喜和夫の詩歌道行B
野村喜和夫×阿部日奈子
未知への痕跡〜読む行為が書く行為に変わる瞬間〜

阿部さんは主知的にして想像力あふれる詩人ですが、この秋、詩集『素晴らしい低空飛行』を上梓されました。一方私も、訳著『ルネ・シャール詩集 評伝を添えて』を刊行しました。この二冊を起点に、読む行為と書く行為のダイナミズムが浮かび上がればと思います。(野村)

日時:2019年11月2日(土曜日)15:00〜17:00 (14:30開場)
場所:ブックカフェ「エル・スール」(詩とダンスのミュージアム内)
(世田谷区羽根木1−5−10)
入場料:2500円(+1drink order)
申し込み方法:メールで。エルスール財団info@elsurfoundation.com

※ 会場への地図はこちらをご覧ください。

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2019年10月06日

カワセミ

今月から消費税が上がった。気が滅入るが、先ごろ石巻へ行って心の体重が10%ほど軽くなったような気がしていて、その「石巻効果」で相殺され今のところイーブンを保っているようにも思う。このありがたい効果がどれだけ続くかわからないが。
遠くへ赴くことはそれだけで生活意識の刷新のきっかけになるのかもしれず、最近出た、そんな気分にどこか通じていそうなCD、Ayuo「Outside Society」と、Marewrew「mikemike nociw」(アイヌの合唱アンサンブル)を入手して聴いたりもしていた。
そして今日、昼食のために散歩に出たら、近所の小川でとても珍しいもの、艶やかな青と緑のカワセミを見つけた。この鳥に出会ったのは初めて。こんな美しい生物がこの世に存在するのかと驚く。造物主か、進化論か、なにか知らないが、不公平じゃないか……と言いながらも、みごとに美しい鳥を見れば心も鳥の体重分くらいは軽くなる。
今日はまた遊ぶ少年をたくさん見た。グラウンドで野球やサッカーをする少年達、自転車をりんりんと乗り回す少年達、川遊びする少年達。躍動する彼らの姿のかがやかしさ。(池田)
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