2017年05月29日

文人精神の系譜を考える

一昨日は林浩平さんのご案内で、茗荷谷の放送大学の一室での上映会に参加した。先日放映された、林さんがガイド・解説者として出演した「文人精神の系譜」という放送大学のテレビ番組の関連の映像を見て話をする会。番組は与謝蕪村、佐藤春夫、澁澤龍彦、吉増剛造という「文人たち」の各々ジャンルを越えた幅広い創造活動を紹介するもので、職業としての作家の枠を超えた文人のあり方には文なるものの放電がある。文人たちの家の中、書斎風景が紹介されたのも「文人精神」の具現化として印象的だった。未放送分の映像もたくさん見せてもらう。制作の楽屋話も発想の時点まで遡っていろいろあり苦労がしのばれた。吉田文憲氏も来ていて、まいまいず井戸を主題にしたGozo Cine(吉増剛造映像作品)の意味合いや吉岡実の晩年の詩集について卓抜なことを緻密に流れるように講じておられたのも記憶に残った。おまけとして、草川プロデューサーが家紋をテーマにした昔のテレビ番組の一部を見せて下さったのだが、音楽は武満徹が担当していて、「秘曲」を聴く思いがした。
その晩は東京の某所に泊まり、次の日は平井達也さんの手引きでとある句会に参加、おおいに楽しんだ。酒席即吟も経験し、俳句という遊楽道にまた一歩近づけた感じがした。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 14:16| Comment(0) | 日記

2017年05月24日

谷干城

いま「洪水」20号の編集たけなわなのだが、そればかりやっているとアタマがおかしくなるということで、昨年『詩国八十八ヵ所巡り』の打ち合わせで嶋岡晨さんの御宅にうかがったときにいただいた嶋岡晨著『熊本城を救った男 谷干城』(河出文庫、2016)を読んでいた。これは1981年に『明治の人ー反骨・谷干城』というタイトルで刊行された本を改題し文庫化したというもの。坂本竜馬なんかと同世代の土佐人・谷干城(たに・たてき)の生涯を辿る。土佐の上士の家に生まれ、若い頃は尊王攘夷の思想を奉じ、土佐藩の代表として薩摩との密談の席にも加わり、竜馬暗殺の折には事件直後に現場に駆けつけ中岡慎太郎の最期を看取り、維新後は政府要職につき、西南戦争では兵を率いて熊本城にこもり西郷隆盛の軍と戦い、貴族院議員として事あるごとに理財の視点から国家運営をただす厳しい意見を吐き、板垣退助などと比べるとどちらかというと保守派で新聞「日本」の創刊にもかかわったりするが日清戦争・日露戦争では冷静に現実的に非戦論を唱える(「戦争というものは、勇気とか卑怯とかの問題ではなく、金力の強弱である」と言っている)という、きわめて独自の歩みをした人物。何度となく伊藤博文に意見の手紙を出しているところは国政に対する真摯な関心がうかがわれ興味深い。
一般的な歴史叙述は決まりきった視点と流れでなされることが多いが、そうしたオーソドキシーの歴史では主役になりにくい谷干城のような人物を中心に据えて語られるとこれまで見たことがないような歴史風景がいろいろ現れてくるのが新鮮だ。
乃木将軍は詩人としても知られているが、硬骨の古武士・谷干城も詩を多く書いており、巻末にその一部が収められている。

 土州の山水、天下無し。
 吾廬の風景、土佐は無し。
 先生、独坐し、友人無し。
 酒有り、独酌す、美人無し。
 笑いて青山に対す、邪念無し。
 歴史万巻、詩集無し。(後略)

(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:46| Comment(0) | 日記

2017年05月10日

久保田早紀、精緻な旅情

わが最近のmusic life……
ラジオで紹介されていて気になったオーケストラ・バオバブ(セネガルの音楽集団)の新譜『ンジュガ・ジェンに捧ぐ』を聴く。キューバ音楽の影響もあるということだが、アフリカ音楽特有のまっすぐに疾走する感じも共存している。1970〜80年代の全盛期の演奏を集めたという作品集も出ていて、聴いてみたが、今回の新譜もそれと同じくらい良く、むしろ凌いでいると喜んだり…
先日のノラ・ジョーンズの来日コンサートを聴きに行き、堪能したが、とりわけピアノの弾き語りの曲での、恋人同士が抱き合っているような、歌とピアノの高次元で融け合う法悦に悶絶したり…
4月だったか、美空ひばりを特集したテレビ番組で華原朋美が出演してなんだったか忘れたが難しそうな曲をうたったのだが、遠近と立体感をかんじさせる歌唱で、なかなか上手にうたうなあと感心したり…
NHKFMでラ・フォル・ジュルネの中継を一日中やっていた特番の最後に、フランス国立ロワール管弦楽団がラベルの「ボレロ」をやるプログラムでジャズピアノの小曽根真とトランペットのエリック宮城が加わって、鮮烈な音の悪戯書きをほどこしていく、その異形さに感電したり…
……などなどいろいろあったが、最近は久保田早紀を聴いている。別の歌手のレコードを探しに行って(これは空振り)、この人の1stアルバム『夢がたり』(1979)を見つけ、入手して聞いてみると収録されているどの曲もそれぞれよくて魅了され、さらに2nd『天界』(1980)、3rd『サウダーデ』(1980)、4th『エアメール・スペシャル』(1981)も見つけてきて、とっかえひっかえターンテーブルに乗せている。第4アルバムはちょっと色合いが違うようだが、三番目までは「異邦人」に通じるようなシルクロード幻想、地中海幻想に導かれていて、象徴性もときに感じさせるその詞(曲によっては山川啓介も参加)の情感をあやまたずすくい取っていくのが旋律家であるこのソングライターの霊妙な耳と指であり、どの曲も音の動きの一つ一つが微細な愛しさ寂しさ哀しさの曲折をよく具現していて何度でも聴き直したい思いに駆られる。単に地理的なエキゾチズムではない、人生のexotica。アレンジは主に萩田光雄が担当している。『サウダーデ』はA面の5曲が本場のポルトガルギターの伴奏がついていて耳が歓喜にふるえる貴重さ(アマリア・ロドリゲスの歌のバックで鳴っているあれだ)。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 20:53| Comment(0) | 日記

2017年05月07日

吉田義昭ライブ2017春

昨日は新宿三丁目のシャンソニエQuiで詩人の吉田義昭さんのジャズボーカルライブを聴いた。プログラムにおなじみの洋楽スタンダードが並ぶなかで、今回の特色は「神田川」など70年代のフォークソングをうたったこと。大丈夫だろうかと我々常連客はちょっと心配or危惧を抱いていたのだが、フォーク調ではなくオーソドックスな歌謡の姿でいい雰囲気でこなしているように思えた。
ピアノ一台を伴奏にうたうのは初めてとのこと。久富ひろむさんのピアノは指先のマジックによる繊細な芸というのではないのだろうが、一音一音確実に仕事を成し遂げていくかんじの聞き耳を立てさせる演奏だった。
そんなに大きくもないこの地下の店に鮨詰めのようにして四十人くらい入っていた。
このゴールデンウィーク、前半は頭痛にしのび寄られて半分寝ていたようなものだったが、後半は回復、好天の土曜日にはこうして外出もできて、ありがたいことだった。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 14:39| Comment(0) | 日記

2017年05月05日

詩素2号

詩誌「詩素」2号が完成した(洪水企画刊、A5判72頁、500円)。今回の参加者は、海埜今日子、北爪満喜、酒見直子、沢聖子、菅井敏文、大家正志、たなかあきみつ、南原充士、二条千河、野田新五、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭の皆さんと小生。特別企画の「SYMPOSIUM詩を考える」のページは吉田義昭さんの司会で千木貢・柳生じゅん子両氏に詩とつきあってきた経験話を語ってもらっている。
今回も提出されて集った詩を作者名を伏せて参加者に読んでもらい、気に入った作品を一つ〜三つ挙げていただき、支持が多かった詩を巻頭に出した。ちなみに巻頭は山本萠「詩の文字から」、野田新五「戦争未亡人もんじゃ」、二条千河「証 ──「白」字解」の三作。アンケート回答も掲載している。次号は来年11月に出す予定。
(池田康)

追記
これの印刷をしてもらった七月堂では書店のようなスペースをもうけているとのことで、そこでも見ていただけるようだ。
posted by 洪水HQ at 11:20| Comment(2) | 日記

2017年04月21日

ノイズを操る歌声

昨夜、作曲家の佐藤聰明さんの奥方の佐藤慶子さんの歌&ピアノのリサイタルを南青山MANDALAで聴いた。主に万葉集の和歌をテキストにして自ら作曲しピアノ弾き語りでうたう。ポップス的明快さで作られた曲もあれば、そのような歌謡秩序からはみ出た薄暗がりで紡がれた曲もある。どちらかと言えば後者のほうに惹かれた。たとえば、子持山若蛙手のもみつまでねもと我は思ゆ汝はなどか思ゆ、という読み人知らずの詩句の「子持山」、織女舟乗りすらしまそ鏡清き月夜に雲立ちわたる(大伴家持)の「織女」、あかねさす紫野ゆき標野ゆき野守は見ずや君が袖振る(額田王)の「あかねさす」といった曲。「桃花の乙女」は、春の苑紅にほふ桃の花下照る道に出で立つ乙女(大伴家持)の一首を取り上げるが、この歌は伊福部昭の作曲したものがとても印象的だが、佐藤慶子版も非常に美しい。
聴き応えのある歌手は繊細で強力で高性能のノイズ発生装置を所有しており、たとえばハスキーヴォイスや独自のこぶしやガッと凄む息遣いやシャウトや意図的音程崩しのような形で巧みにノイズを混ぜ込んで強く訴える表現を作り上げてゆくのであり、ひたすら透明できれいな歌声もけっこうだけれど、上手にノイズ成分を操れたらなお良いという理論をこの頃ひそかに懐でもてあそんでいるのだが、佐藤慶子さんも少ししわがれた声でうたうので、不意にまた自然にしっかりした声からかすれた声に転じる、その声の裏返りの絶えざる変転が「尺八の演奏に似た」とも言えるのかもしれない魅力を生み出していた。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 17:02| Comment(0) | 日記

2017年04月15日

ついでも重要

好天気だった一昨日、昨日とつづけて、所用あって東京方面へ向かった。
一昨日は用事のついでに、新住所に移転したばかりのギャルリー東京ユマニテでの移転オープン記念展「加納光於《稲妻捕り》Elements1978 「言ノ葉」と色象のあわいに」を観た。瀧口修造との共作『稲妻捕り』(書肆山田)の原画が展示されていて、瀧口の言葉とともに雲の運動の絵が並ぶ。Boschを主題にした魚が描かれる水彩画もよかった。新ギャラリーは地下に降りなくていいのがありがたい。
昨日はやはり用事のついでに、大森のライブハウス「風に吹かれて」で、K2(六文銭のメンバーである及川恒平・四角佳子のユニット)のライブを聴いた。ベテランならではの余裕のある落ち着いたのどやかさが基調かと思ったが、後半では元気に騒ぎあばれるにぎやかな演奏もあり、うきうき気分で楽しめた。個人的には「ガラスの言葉」(超絶拓郎曲デス)が聴けたのが嬉しかった。最後の「出発の歌」は小さなスペースいっぱいに響いて聴くというよりも曲の中に入り込んでしまったかんじだった。この日の用事とは、及川恒平さんへのインタビュー、これは「洪水」次号特集のため。ご期待ください。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:44| Comment(0) | 日記

2017年04月08日

国分寺から国立へ

昨日は国分寺駅近くのくるみギャラリーに山本萠さんの作品展を見に行った。山本さんは絵も描くが、今回は書の作品が中心。詩の一節を書いたものは声の立ち居が視覚化され、一文字だけ書いたものは字そのものが蔵する思想がにじみ出る(世界を解するモノであるはずの文字が不可解な影と化すところが面白い)。小さなギャラリーが特別な書斎と化していた。
そのあと、近くにある殿ヶ谷戸庭園(立体感の妙)に遊び、国立の咲き誇る桜にまみえた。数人で行ったので、なんということもない軽いおしゃべりをしながらゆっくり食事をする。花見のときの飲食は、それによって時間を音もなく経過させるという意味もあるのだろう、午後から夕暮れ、そして夜と、光の量と色合いが変わっていく中で桜の映え方も変化してゆくのが妖艶だった。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 15:26| Comment(0) | 日記

2017年04月03日

手引き

このあいだ牛丼屋で牛丼を食べていて、思い出した。大学のとき或る先輩が牛丼屋に連れていってくれたのが初めての牛丼だったと。紅生姜と七味唐辛子とで食べることもそのとき教わった。それまでは食べたことがなかったのだ。家では牛丼を食べる習慣がなかったから、食べたいという欲求がまったく湧かなかった。そこがカレーライスやラーメンやトンカツと違うところだ。未知のものに近づくには「手引き」が要る。誘い、きっかけ、コマーシャル。ただ手引きがあれば身につくかと言えばそうでもなく、麻雀や囲碁を教えてもらったこともあるが、プレイできるようにはならなかった。将棋はルールを知ってはいるけれど指しながら駒組みの思考を練ることがまともにできず出鱈目なへぼ将棋だ。ゲームの才能に欠けるところがあるらしい。スキーは高校の先生に、スケートは父親に(名古屋の西大須にはスケート場があった)教えてもらったけれど、子供のころやっただけで、ここ三、四十年滑っていない。なぜ持続しないのだろうと首をひねるばかり。
スケートといえば先日フィギュアスケートの世界選手権があり、イタリアのカロリーナ・コストナーがひさかたぶりに出ていた。数年前なにかの大会で彼女の翔けるようなスケーティングにほれぼれ見とれた経験があって、そのときの残像とどれだけ重なるか探りながら今回眺めていた。ぴったりは重ならなかったように思うが、トップ選手と競えるレベルで元気に滑ってはいた。音楽を選ぶ独特のセンスも他の人とは違うものを感じさせる。
フィギュアスケートという特殊なジャンルにはどんな手引きがあり得るのだろうか。子供がやりたいと憧れるのか、大人が導いてやらせるのか、どちらにしてもとても特殊な種目(職業)だ。よく志望するもの、宇宙飛行士並みに厳しい「狭き門」のように思われる。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 19:35| Comment(0) | 日記

2017年03月27日

蒸気機関車に乗る

IMG_5875.JPG最近、静岡県の大井川鐵道に行き、蒸気機関車に乗ってきた。この日はC5644が走った。ほかにC11とかC12とかあり、日によって変わるようだ。C5644は戦時中タイに行っていたのを帰国させて今ここで働いているのだそう。大井川に沿って時速40キロぐらいのゆっくりのスピードで走るのがひなびた感じでよい。家山駅付近の桜並木はまだ咲く前だったが、沿線の所々に梅だか桃だか桜だかが咲いていて、さりげなく花見の気分を味わえた。この沿線の家に住む人達は毎日蒸気機関車が走るのを眺めているのだと驚きとともに気がつく。
写真は機関車を転車台の上で方向転換するところ。終点の千頭駅に着き、復路に向かうので機関車を列車の反対の端に逆向きに連結するため、頭の向きを変えるのだ。なんと人力で5人掛かりで作業していた。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:27| Comment(0) | 日記