2021年08月23日

訃報・蝦名泰洋さん

歌人の蝦名泰洋さんが7月26日逝去されたとのこと、兄妹のように親しかった野樹かずみさんから知らされた。昨年後半から病気に苦しんでおられたのは知っていたが、これは早すぎる、と恨み言をいいたい気分だ。
「洪水」の時代には毎号批評文を書いていただき、とてもお世話になった。鏤骨の走り書き、とでもいうべき独特の文章で、携帯電話を使って苦心惨憺書いておられたようだ。時々一緒に食事をして近況を聞いたり、それなりの友達付き合いも許してくれたのだが、一番の思い出は競馬だろうか。彼はそうとう好きだったようで、G1レースの感想などメールで交換したりもしていたが、一度だけ一緒に馬券を買ったことがある。2015年5月3日、この日は天皇賞があり、私はすみだトリフォニーホールでのコンサートを聴きに行く予定があったので、開演前の時間に錦糸町駅の近くで落ち合って、馬券売場(ウイング)で購入したのだ。私はゴールドシップの単勝を買って当たり、蝦名さんはキズナに賭けて負けていたことを思い出す。主に三連単を買うバクチの人で、当たることは少なかったのではなかったか。
今年1月に出した「みらいらん」7号に巻頭の短歌作品を依頼していたのだが、結局、病気で苦しくて書けないという返事だった。すでにそうとう進行していたのだろう。したがって小誌に最後に寄稿していただいたのが、5号の小特集・童心の王国のためのエッセイ「僧ベルナール ─季語の誕生」で、以下にそれを部分的に引用紹介する。

 * * * * *

  古池や蛙飛び込む水の音

松尾芭蕉の有名な俳句ですが、あまりいい句ではないのにどうして有名なのかなとずっと思っていました。
同じように考える人が少なくないらしく、いろいろな人がいろいろの解釈をしてきたようです。何か深い意味があり何か謎めいた意図が想像され、それがわかれば句の魅力が理解できるというような何かを探して。
どんな池なのか、ほかに人はいるのか、かえるは一匹なのか二匹なのかもっとなのか。いなかったのか。かえるは一度飛び込んだのか。飛び込まなかったのか。最近の流行は、飛び込まなかったという解釈らしい。
  〈〈中略〉〉
ならばどう読めばいいのでしょう。
この句に息づいているものはなんなのか、と思うのです。芭蕉がなにを意図したのか。どんなものを大事にして書いたのか。ふだんから俳諧に求めていたもの、ひるがえって俳諧が詩人に求めているものはなにか。そのように考えますとフォーカスは春の季語「蛙」に合焦します。
  〈〈中略〉〉
芭蕉は、俳諧は三尺の童にさせてみたらいいと述べています。おおまかに言って素直な五感でものを感じるのがいいということでしょう。芭蕉の想いが蛙に凝縮したとき三尺の童が発動した。ベルナールのようにわたわた走り回って叫びたいんだけれども、そこは黒船来航前の日本人のこと、抑えたのです。しかももの言えば唇が寒い。この句はわびさびに通じる地味な表現になっていますが、詩人の心は逆にうれしく晴れがましさが勝っていたと想像されます。それを季語に託してみようという詩人の動作に見えます。
出光美術館に「古池や」の句が書かれた懐紙があります。ところがその懐紙にはもう一句
  永き日も囀り足らぬ雲雀哉
という作品も並べて書かれています。古池の句よりわかりやすく直接的に春の喜びが表現されており、二句を並べたところに芭蕉の意図が見えるようです。どちらも十中八九フィクションでしょう。しかし、とうとう春が到来したといううれしさは写実的に表現されていると感じます。死生観は考えなくてもいいんじゃないかな。
芭蕉たちは、季語が大切なんだと想いつづけたのだろうと思います。季語の背後には巨大な季節が控えている、そのことを忘れないでいようと想いつづけたのではないでしょうか。俳諧からの詩人への期待もまたそうだと私は考えます。
季語は歳時記に載っているだけでは季語として十分だと言えません。季語はある言葉が俳句作品の中で季語として生まれ変わったときにはじめて季語と呼ばれるべきです。季語の誕生日と該当の俳句の誕生日は、一致します。
あまり良い句ではない、いいではないですか、蛙という季語が生まれ芭蕉の童心に春が来たのですから。

 * * * * *

5号のこの小特集を編集していた当時は、この原稿をもらって、何が言いたい文章なのだろうと首をひねった覚えがあるが、今読み返すと、少しわかる気もする。
詩歌人の玄人式の良し悪し判定の批評眼とは違う種類の、作品の重量(生きる風景の中の山となり川となるような重さ)をなさしめる軸があるのであり、その軸の一方の端は童子の感性が輝き、他方の端は言葉の営みが織り上げる人間の歴史=文化=季の世界の生成に向うのもであり、「芭蕉の童心に春が来た」とはある刹那この軸を握ることを得た詩人の「真実」なのだろう。この文章を書いた蝦名さんは晴れ晴れとしているように感じられる。
(池田康)
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2021年08月19日

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』と美術展

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』(洪水企画)の中の三篇「ユートピアン」「Universe」「服喪」が札幌の美術展で朗読されることになった。
8月27日〜9月5日まで札幌市民交流プラザで開催される美術家・演出家の高嶺格さんの展覧会「歓迎されざる者〜北海道バージョン」にて。
詳細は下記リンクからご覧いただきたい。
http://nijogawara.squares.net/2021/08/17/post-930/

(池田康)
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2021年08月11日

暑中御見舞い

昨日は猛暑の頂点だったかのごときで、外へ出ると陽の光で目が焼けてしまうように感じた。今日も同様に暑い。夏に昼寝をしたくなるのは、まばゆい光はもうたくさんと目が思うからなのではないか。酒の飲み過ぎはよくないように、光の摂り過ぎも危険だ。
コロナウイルスの猛威が衰えないとのこと、こんなに暑いのに、勤勉というほかない。勤勉さにおいて人間の側の(甘い部分のある)努力を越えているのだろう。なにせ人間は遊び好きだから。
いま、弊社史上最大となる見込みの本の編集制作に取り組んでいて、慎重にやらないと間違いが発生しそうで、しかも迅速に進めないと予定期日に間に合わず、こちらも日々ひたすら勤勉になる以外にない。この夏はこの本に捧げられることになりそうだ。ほかの用事は棚に上げて。
夏の暑さを忘れるのには、いい「夏休みの宿題」かもしれない。湧き来る汗がどうしても忘れさせてくれないけれど。
(池田康)
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2021年08月02日

夏から来た少年

DSCF2439.JPG夏も7月はまだ浅瀬、8月になるとdeep summerという気がする。猛暑の中、人間の方はかつがつなんとか持ちこたえているが、機械類がおかしくなってきていて、風呂釜がダウンし、冷蔵庫が霜ばかりこしらえ、置き時計が遅れ(その前まで少し進んでいたので丁度よくなった?)、といった具合にわずかなぎくしゃくが日常を揺らしている。
さて、カレンダーをめくり忘れることはよくあるが、昨日もめくるのを忘れていて、今朝めくったら、暗さの魅力的な少年が現われた(写真)。これは山本萠さん制作のカレンダーで、山本さんがときどき描く人の顔はどれも惹かれるものがあるが、これもそうで、思わず見つめてしまう静寂をたたえる。どうせなら朔日の昨日出会いたかったと、めくり忘れたことを残念に思った。
(池田康)
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2021年07月18日

7月17日東京にて

吉増剛造怪物君展002.jpg加納光於波動説展.jpg昨日の土曜日、緊急事態宣言中のことで恐縮しながら、いくつかの目的を果たすため、ほんとうに久しぶりに上京した。吉増剛造、加納光於両氏の個展を観て、コンサートを聴く、というハードなスケジュール。
東麻布のTAKE NINAGAWA(港区東麻布2-12-4信栄ビル1F、03-5571-5844)での吉増剛造展「怪物君」を見る。この日が初日(8月28日まで)。ちゃんと数えなかったので確かではないが、20ほどの作品が並んでいただろうか。細かい文字がびっしりと書き連ねられている紙に妖しく彩色するという画面構成で、色合いがそれぞれ違っていて、全体で見ると百花繚乱的なはなやかさになっているのだが、しかし「怪物君」であるから、東日本大震災をうけての深い瞑想から呪術的雰囲気を帯びることになる。画面に貝殻やら親しい人から来た葉書やらが塗り込められているのもその時々の念を強く刻み込んでいるように感じられる。展示されている作品は販売されるとのこと。駅からこのギャラリーへの道のりはわかりやすくはないので事前の調べがあるほうがいい。地下鉄の赤羽橋駅の中之橋口を出たら右に曲がりずっと歩いていくと2つガソリンスタンドがあるので、その2つめのところで右に曲がり5分ほど歩けば左手に見つかるはず。
地下鉄を乗り継いで京橋に回り、ギャルリー東京ユマニテ(中央区京橋3-5-3京栄ビル1F)で加納光於展「波動説」を見る。この日が最終日。「インタリオをめぐって」という副題がついているが、インタリオとは凹版印刷、沈み彫りのこと。「加納光於の代表作《「波動説」―intaglioをめぐって》シリーズを、1985年の発表以来、36年振りに全34点を展示いたします」と案内のはがきにある。そしてカタログに「変幻綾なす色彩の生成が、/光の、真っさらな化身であるのなら、/誰のものでもあり/そして誰のものでもない。」という加納さんの直筆のことばが載っている。波動説とはどういう概念なのか……世界のあらゆるものはすべて波動により生成顕現してくるという考えだろうか。吉増作品のような文学的呪術性はないが、こうしてシリーズ全34点の真ん中に立ってみると無言の呪術的思念が感じられるような気もする。殆どの作品に値段がついていたがいくつかは非売品となっていて、なぜかとギャラリーの御主人に訊くと、それらはもう一点しか残っておらず、欠けるとシリーズの全体性が損なわれるからだとのこと。やはり全34点で《聖域》を作ることが大事なのだ。
加納さんにも吉増さんにも会えず。
午後、上野の東京文化会館小ホールで「吉岡孝悦作曲個展」コンサートを聴く。生野毅さんの詩をもちいた合唱曲「混声合唱と4人の打楽器奏者のためのコスモフラワー」が演奏されるとの知らせを生野さんから受けて。前半は器楽曲3曲。さまざまな打楽器が活躍する。後半は上述の合唱曲ふくめ2曲。パーカッショニスト吉岡孝悦氏の作曲による作品でコンサート全体が構成されているが、プロフェッショナルであり、デューク・エリントンのような展開の巧さも感じられる部分があり、演奏家として演奏の実際を知悉しているから理にかなった音の動きや絡み合いになっていると思われる。とはいえ、打楽器の超絶技巧が炸裂する箇所はただ息をつめて対峙するばかりだ。個人的には、ティンパニの音を聴くことができたのが嬉しかった。和太鼓もそうだろうが、太鼓はそれが鳴るだけで勇壮、爽快な気分になる。鬱々とした日常の意識を叩き割ってくれそうな気の力がある。前半の「マリンバとティンパニと4人の打楽器奏者のための協奏曲」と合唱曲「コスモフラワー」でそれが聴けた。合唱演奏の伴奏にティンパニが入るのはすばらしいことで、合唱曲の次元が広がる思いがする。ふつう合唱はピアノ伴奏が一般的だが、ピアノだと近代音楽の枠内にすっぽりはまり込んでしまう嫌いがなきにしもあらずだが、ティンパニは音程をもっているとはいえ、撥と皮が衝突する荒々しい衝撃音が《外》のノイズを呼び込み、合唱を宇宙的な広がりへとつなげる。ティンパニ伴奏の声楽曲としては伊福部昭の「アイヌの叙事詩に依る対話体牧歌」が思い出されるが、あれも無辺の音響空間を生み出す曲だった。この「コスモフラワー」の最後は、ティンパニに加え大太鼓にも直撃され、おおいに溜飲が下がった。
生野さんの詩だが、宇宙の花「コスモフラワー」をめぐる神話のような内容となっており、すべて平仮名の、平明な言葉遣いで書かれているが、本人に訊いたら、作曲者とのやりとりの中で相当苦労して書いたとのこと。最終楽章の「第五部 華」から前半を引用しよう。

 このよのはては おはなばたけ
 だれもみたことがない いったことがない
 こころのはては おはなばたけ
 みんなのひとみのおく ひろがるけしき
 このよのはては おはなばたけ
 だれもみたことがない いったことがない
 こころのはては おはなばたけ
 みんなのひとみのおく ひろがるけしき

 このよのはてと こころのはてと
 そんなにとおく はなれているのだろうか
 それとも おなじおはなばたけだろうか

 たびびとよ はなをうえなさい
 まっくらな さむい こごえるうちゅうに
 はじめてのはなを うえるのです
  (後略)

合唱団員はなんとマスクをしてうたっていたが、予想以上に聴き取れた。
(池田康)
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2021年07月16日

とても奇妙な味の……

とても奇妙な味の、ふざけちらすような賑やかさに満ちたトマス・ピンチョンの小説『ブリーディング・エッジ』(新潮社、佐藤良明+栩木玲子訳。帯に「膨大なトリビア」「怪しげな陰謀論」とあるとおりの物語)とつき合い、とても奇妙な味の、うきうきと痛痒とがくんずほぐれつするドラマ「大豆田とわ子と三人の元夫」を見守り、とても奇妙な味の、詩の課題の本丸を急襲するかのような野村喜和夫詩集『妖精DIZZY』(思潮社。函入りの二冊になっていて、一冊は詩のテキスト、もう一冊はそのテキストを使った、山本浩貴+hによる過激なレイアウトデザインの試みとなっている)をおずおずと目撃し……といったかんじで過ごしたこの晩春から初夏にかけての日々だったが、最近はなんの気まぐれからか、ビートルズ・チクルス、ビートルズのアルバムをすべて(すべて持っているかどうか確信がないが)通して聴くという遊びごとをしていた。彼らの曲にもとても奇妙な味のものが多く、さまざまに刺戟を受けるなかで、今回もっとも深いいやな引っかき傷のようなものを残していったのが「NOWHERE MAN」だった。定見を持たず、なにかやっているのだと思い込み、方向感覚を失った人間、それがあなたであり私であるとうたわれる。これが妙に痛く響いてくる。
平凡な日々を送る、平凡な生活にかけがえのない幸せを認める、そのこと自体になんら悪い点はない。しかしその〈平凡〉も時代が用意し規定したものであり時代の好むお手軽さ浅薄さを免れないとしたら、どうだろうか。平凡というNOWHEREは、迷子であることに目をつぶり隠蔽するための平凡だとしたら、やはりいくぶんか堕落の面を具えているのではないだろうか。(失礼、この解釈はこの曲の本来言いたいことと外れるかもしれない)
だからこそ、その〈平凡〉の不可視のバリアを破る〈奇妙〉の槍がときに求められるのであり、そんな狂おしい切先に出会いたいと、根っから平凡な我々はつねに心の底で願っているのだ、たぶん。
(池田康)
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2021年07月12日

新倉俊一詩集『ビザンチュームへの旅』

ビザンチュームへの旅002.jpg英米文学研究者の新倉俊一さんがこのたび5冊目の詩集『ビザンチュームへの旅』を洪水企画から刊行した。2021年7月25日発行、A5判並製、64ページ。税込1760円。
「みらいらん」7号に発表されたタイトル作「ビザンチュームへの旅」のほか、日々の生活、遠方への旅のさまざまなシーンを13〜14行の詩篇にまとめた「冬の旅 抄」22篇、ギリシア神話の風光を取り入れてうたう「ヘレニカ」6篇、そして西脇順三郎や安藤一郎、同時代の詩人たちとの交友を語るエッセイ「詩人の曼荼羅」を収める。
「冬の旅 抄」から「桔梗」と「紅葉」を紹介しよう。

  桔 梗

 「夏の路は終わった」
 と呟いた詩人のあとを
 追って秋も過ぎ唯一人
 冬の旅を続けている
 もう学問も研究も忘れて
 ただ白露の下に眠る
 宿根の蒼白な桔梗を
 ひそかに探しているだけだ
 古今集に詠まれている
 中国から渡来したという
 あの桔梗の花には遥かな
 淡い色彩が宿っている


  紅 葉

 今まで大山詣でを怠ってきたので
 関東管領より命令が来て
 台風の過ぎた日に山腹へ登った
 平安時代から続く阿夫利神社は
 四方を険しい山に囲まれていて
 ながながと神事が続き漸く
 能が始まるころには垂れこめた
 雨雲からしとしと滴り始めた
 それでも能楽堂の中で無事に
 鮮やかな緋色を纏った女たちの
 紅葉狩りの宴が催されて
 最後は全山が明るく彩られた

西脇順三郎の薫陶を受けた新倉俊一さんの詩風は清らかで、文学に対して達観しているような穏やかさがある。深遠な文学的教養を背景に淡々と語られる詩行は高貴な一人弾き語りだ。そして巻末収録の、西脇順三郎や安藤一郎、同時代の詩人たちとの交友をご自身の視点から細やかに語るエッセイ「詩人の曼荼羅」からは戦後昭和のひとつの中心的な詩のサークルの風光が鮮やかに顕現する。
さて、タイトル作「ビザンチュームへの旅」は、本文にイエイツの名も出てきているように、イエイツの詩「Sailing To Byzantium」をモチーフにしており、それは「魂の歌を習う」という究極の課題について書かれている。II章の「And therefore I have sailed the seas and come / To the holy city of Byzantium.」、III章の「O sages standing in God's holy fire / As in the gold mosaic of a wall, / Come from the holy fire, perne in a gyre, / And be the singing-masters of my soul.」のあたりにその本意があるのだろう(岩波文庫から対訳の『イエイツ詩集』が出ているので参照していただきたい)。詩人・新倉俊一の詩に対する真摯さがこの連関からもうかがえる。
(池田康)
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2021年07月05日

宇佐美孝二著『黒部節子という詩人』

黒部節子という詩人002.jpg宇佐美孝二さんがこのたび詩人論『黒部節子という詩人』(シリーズ詩人の遠征11巻)を洪水企画から刊行した。四六変形判、176ページ、税込1980円(1800円+税)、8月1日発行。
黒部節子は1932年三重県(旧)飯南郡生まれ、結婚後は愛知県岡崎市で暮らし、2004年逝去(72歳)。モダニズムをくぐり、前衛の切先を極限まで研いだのち、自我の深みを探索するような詩風に移行した。その後脳内出血で倒れ意識不明となり二十年の昏睡の晩年を送った。昭和の激動の時代に独自の道を歩んだ詩人の生涯を展望し、重要作品の分析・読解を試みる。
名古屋市在住の詩人である宇佐美孝二さんは、必ずしも大メジャーな詩人とは言えないが注目すべき軌跡を残し、独創的な作品の数々を書いた地元の重要な詩人、黒部節子を独自に研究し、2003年以降同人誌などで論じてきた。これはそのすべてをまとめた鏤骨の詩人論であり、貴重な写真や年譜、若い頃の書簡も載せ、詩人・黒部節子の全体像をつかむには欠かせない一冊となった。
黒部節子は若い頃、「暦象」という松阪に拠点を置くモダニズム系の詩誌に所属して作品を世に送り出すことを始めた。そのころの作品「物語」が本書に論じられているので、部分的に引用しよう。

 白い空の消えるあたり
 早い晩餐がひらかれた、つつましい
 虹色の椅子やテーブルの上で

 空腹の天使は空ぢゅうに
 つめたい海盤車をこぼしていった
 海が光り出す前に

 陸地のつきるあたり
 一面の草原の乾いた風の中を
 短い葬列が過ぎていった
 遠い海へ棺がはこばれた
  (後略)

この詩を収録した第一詩集『白い土地』は1957年に出ている。
その後、どういう思考の経緯をへてか、1969年に『耳薔帆O』というあまりにも前衛的な作品集(詩集とは呼ばれていない)を作った。詳しくは本書をご覧いただきたいが、この「謎」は途轍もなく大きい。
そして前述の通り、晩年は長い時間を昏睡状態で過ごすのだが、そうなるまえの、闘病の時期に、意識の深みへ下りていくような作品群を書いており、宇佐美氏はこれらをとくに重要視して、本書でも丹念に読解と考察を試みている。その作品群のなかでもとりわけ不思議さで印象に残る「夾竹桃」を紹介しよう。

 あの展覧会はとうとう見なかった。その絵には黒い
 大きな箱と小さな箱がかいてあって  そのなかに
 「空が一枚ずつ入っているの」と誰かが言っていた。
 わたしはまだそんな空も箱も 見たことがなかった。
 美術館が閉まるころ 一枚の絵がふろしきに包まれ
 裏口から出てゆくのを昼の夢に見た。若い男の手が
 しっかりとふろしきの結び目をにぎっていた。どこ
 かで夾竹桃が咲き どこかで夾竹桃が枯れ  だれ
 もいない遊動円木が揺れて「落とさないで!」と叫ん
 だ。それは遠い  二十年も前の誰かの声のようだっ
 た。左に曲がると 不意に養護学校の裏に出た。夕日
 が落ちかかっていた。 庭に干してあったきものを取
 りこみ 黒い大きな箱と小さな箱に入れて  しまっ
 た。きものは古い干し草の匂いがした。 かすかな空
 と紙魚の匂いも。やはり裏があいていた。 裏のブロ
 ック塀と隣の屋根の間に  小さな三角形の空がみえ
 た。暗いまわりに切りとられて  急に近く光ってい
 る空。「落ちないで!」わたしが叫んだ。

こんな詩は読んだことがない。これはどういう種類の夢幻の闇なのか。ほかにも、昏い幻想をはらんだ詩がいくつも紹介され解析される。宇佐美孝二さんの導きで、黒部節子の詩の森にぜひ踏み込んでいただきたい。
(池田康)
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2021年07月03日

突然けたたましく

昨晩から今朝にかけての雨は激しいものだったらしく、寝ている間に携帯電話に到来する災害緊急連絡メールのけたたましい音に何度も叩き起こされた。
近くを流れる金目川が氾濫の可能性があるとのこと。しかしこれは信じられない話だ。あの大容量の河床が氾濫するのにどれだけの水量がいることか、そんな水量がこの48時間のうちに天から落ちてきたというのだろうか。幸い、居住地の近隣は普段通りでなんともなかったが、テレビニュースで金目川氾濫!により道路が冠水する映像が流れていた。また静岡県では相当な被害が出ているようだ……

ここで、申し訳ないが、呑気な話に転換。
目覚まし時計は、機嫌よく起きるためには、突然けたたましく鳴るのではなく、母親がやさしく揺り起こすような、初めは静かに、だんだん音が大きくなっていく方がよいのではないかという気もする。既存曲で言えば、ラヴェルの「ボレロ」とか、R・シュトラウスの「ツァラツストラかく語りき」とか。ワーグナーなら「ローエングリン」や「ラインの黄金」の導入部とか。目覚まし時計メーカーは、静かに始まり5分くらいで大きな音になる、そういう目覚まし用の音楽を公募するといい。ラヴェルやワーグナーに対抗できるような名曲をぜひ。
しかし災害緊急連絡メールは突然けたたましく鳴り出すのでなければ、役に立たないか。
(池田康)
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2021年07月01日

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』

亡骸のクロニクル002.jpg北海道在住の詩人、二条千河さんが新しい詩集『亡骸のクロニクル』を洪水企画から刊行した。四六判並製、96ページ、税込1980円。2021年7月21日発行。
二条さんは知り合ってからもう十数年になると思うが、私が手がけている詩誌「虚の筏」、そして「詩素」に参加して、いつも力強い作品を発表してきた。今回はほぼ10年ぶりの3冊目の詩集の上梓ということになる。
二条さんは東日本大震災の前年から北海道胆振東部地震の翌年(2019年)までを北海道南部の海岸沿いにある地、白老町(苫小牧と登別の中間にある)で暮らした。巻頭に「思い出の町、白老に捧ぐ」とあり、その十年弱の居住を記念して、その時期に書かれた詩を収録する一冊となっている。カバーを飾る写真は、白老在住のフォトグラファー、永楽和嘉さんが撮影した白老近くの森の風景とのことだ(装丁は巌谷純介氏)。
地元北海道の地誌・歴史に根差した作品から、生物学や地質学の知見をふまえた作品まで、視野を広くとり、個の抒情を越えた、思想性を帯びた詩世界を創造する。その詩風は、媚もごまかしもない峻烈で明晰な言葉が世界と生の謎に正面から対峙する、断固たる構えにあるだろう。地球史をも宇宙論をも突き抜ける壮大なイマジネーションは強靭に尖っている。
詩集名は冒頭の作品「Universe」から来ており、また帯文の「今、踏んだのは誰の骨」「喪の明ける方角」は最後に置かれた作品「服喪」の中の言葉だ。この二作を読めば、この詩集の中心をなすベクトルが明瞭に感じられることと思う。生世界と死の関係性を闡明しようとする志向のぶれなさは希有のものだ。
さて、この詩集の収録作品を編集する過程で、とくに感銘を受けたのが「パンゲアの食卓」である。7年前に「虚の筏」7号に発表されたときはさほどとも感じなかったが、今回改めて読んで、異様な昂りを覚えた。持っている本をすべて処分して、最後に一冊だけ、薄い詩のアンソロジーを手元に残すとしたら、そのアンソロジーに収録するための候補作品に入れたいとさえ思う。以下にこの詩を紹介しよう。

 覚えているか
 パンゲアの子どもたちを
 毎朝 大きな食卓を囲んで
 屈託もなく笑っていた
 言葉を交わさなくても
 心はいつもひとつだった
 彼らの暮らす大地がひとつだったように

 その大地が 遠い昔
 広い海のあちこちに分かれて
 散らばっていた時代もあったなんて
 誰も信じようとしなかった
 (だってそれじゃどうやって
  いっしょにごはんをたべたり
  ひなたぼっこをしたり
  うたをうたったりすればいいのさ?)
 しかしその問いを
 子どもたちは口にしなかった
 心がいつもひとつなら
 自分の知らないことは誰も知らないのだ

 彼らにはきっと想像もできなかったろう
 同じ星に暮らしていながら
 ばらばらの時間に
 ばらばらの場所で
 ばらばらの食事をする なんて
 (おなかがすくのは
  みんないっしょなのに?)

 超大陸パンゲアには
 子どもたちだけが暮らしていた
 毎朝 大きな食卓を囲んで
 倦むこともなく笑っていた
 心はいつもひとつだったから
 自分の知っていることは誰もが知っていて
 言葉を交わす必要がなく
 伝え合うべき物語もなかった

 覚えているか
 パンゲアの食卓に響いた歌声を
 題もなく詞もなく
 旋律だけで語られる歴史が
 ただひとつあったはずなのだが

なお、作品の末尾に「地球史上には、多くの大陸が一つに合体して形成される「超大陸」がたびたび出現する。約三億年 前に存在したとされる超大陸「パンゲア」は、後に分裂して現在の六大陸を生んだ。」という注がついている。
(池田康)
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