2016年12月29日

竹原恭子作品集『あの星』

表紙画像S.jpg洪水企画から初めての楽譜の本が出た。竹原恭子さんは詩人の八重洋一郎さんの奥方で、八重さんと同じく石垣島出身。専門家として作曲をしているわけではないのだが、八重さんが自分の詩に作曲することを勧め、始めたらなかなか好評で、引き続きどんどん作ることになったという経緯だ。この本には16曲が収録されている。娘さんの滝野原南生さんが編集を担当していて、どの曲にもその由来と意図について詳しい解説がついている(竹原さんか八重さんか滝野原さんの執筆)。曲調はそれほど技巧的に複雑なものではなく、滝野原さんの序文「はじめに」の言葉を借りると「どれも素直でまっすぐで、雨水が自然に落ちて地面を潤すように耳に心地良いもの」。
どの曲にも深い思いがこもっているが、私がもっとも印象的に思ったのは「雨乞い」で、「わたしたちはいつも心のどこかで雨乞いの歌をうたっている」という副題がついている。雨が降らないと生きていけない、雨は天の恵み、という思いをうたっており、裸の生命の希求が感じられる。八重さんの解説より:「台風も来ない、雨一粒落ちない、雨雲さえ来ないひでりが続く時、人間・動植物達はひたすら神に祈るしかなかった。/神とは? 人々がある場所に棲処を定めようとする時、まずその心の拠りどころとなる場所を探し霊感をもってそれを発見し、その場所を聖域とし、自分たちを超える存在が常に顕現する聖所とする。そしてその聖域において、人間たちは極小の存在となって極大のもの無限大のものに願い祈る。その願いの赴くところ、祈りの対象、それが八重山の神であった。/ある場所を自分たちの棲む場所と決めたら、平和な安寧の生活が続くよう、はじめに“祈りの場所”を求めた。それが“御嶽(オン)”と呼ばれた。自分たちを守る場所というより、守って下さいと祈る場所。神さまをここに呼び込み、何かにつけて“守って下さい”とすがる場所。/田を稔らせて下さい、健康に過ごさせて下さい、良い子に恵まれますように、病いが早く治りますように、……自分が〈無〉になれる祈りの場所・願いの場所が八重山の御嶽である。/そして、最大の願いのひとつが、常にいい雨に恵まれますように、ということであった。例えば豊年祭に登場する旗頭の旗には「五風十雨」と染め抜く。豊作のためには、適度な天からの恵みの雨が不可欠であるからである。民謡の中でも、しばしば「十日越しの夜雨(トウカグシヌユアミ)」が願われた。/雨を願う心とは、生命への恵みを願うことと同じである。/雨を給わってください、雨を給わって下さい…/アミユタボーリ アミユタボーリ アミユタボーリ アミユタボーリ…」
「アミユタボーリ」という祈りの文句が心に残る。
タイトル作の「あの星」は、宇宙の遠方から眺められた地球のこと。この星での無数の生命の営みを寿ぐ曲。八重さんの解説より:「地球とは全宇宙が祈りに祈って生み出した「希望」なのではあるまいか。“なつかしきまろきいのち”が涯のない漆黒の闇の中、青く奇しくほのぼのと希望を点して輝いている。」
A4判128ページ、定価2000円+税。
(池田康)
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2016年12月28日

描線という歌声

映画「この世界の片隅に」の副産の一つは、漫画家こうの史代を広く世に知らしめたことだろう。この映画の原作を読み、そしてやはり広島の被爆を基点にした作品『夕凪の街 桜の国』を読んだ(どちらも双葉社)。絵描きにとって描線は歌声なのだろう。誠実で飾らない、無邪気さと知性と諧謔心を携えた線のタッチにはまがい物でない個性が感じられる。物語のテーマとしては罪業そのものである戦争という巨大悲劇に向かっていくわけだが、その構図をやさしく細やかな地声の描線でつむいでいくところに新味の感銘が生まれてくるのだろう。それほど深刻でない、ごくさりげないシーン、たとえば「桜の国(一)」冒頭の、七波ちゃんが友達にゴエモンと呼ばれているところに後ろから東子ちゃんが来てランドセルからよいしょと縦笛を取り出して♩♫♩と吹いて呼びかけるところなんか、いいなあと見とれてしまう。魅力的な歌声を聴く喜び、そして感謝。
(池田康)
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2016年12月24日

笑福亭智丸の落語

詩人の疋田龍乃介さんは落語家・笑福亭智丸でもある。彼の「文芸落語会」(世話人は榎本櫻湖さん)が昨日、三軒茶屋の小さなライブハウス四軒茶屋であり、南原充士さんに誘われて聴きにいった。「洪水」19号の雲遊泥泳のコーナーで南原さんが疋田さんの詩を論じている関係で。
出し物は、銭勘定をごまかしてうどんを食べようとする「時うどん」、桶屋の子供が町奉行ごっこをする「佐々木政談」。そして「時うどん」を種にした創作落語。小説家の滝口悠生氏との対談もあった。
落語を生で聴くのはたぶん初めてで、記念すべきその初ナマ落語が笑福亭智丸でいいのだろうかという不安もあったが、どうして、破綻なく乱れなく力強く語ってくれて、話に引き込まれた。修行開始から三年か四年だそうだが、もう立派な落語家で、たいしたものだ。
さて、「洪水」19号、無事完成しました。内容はまた改めて案内します。
(池田康)
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2016年12月21日

虚の筏18号

「虚の筏(そらのいかだ)」18号が完成しました。
今回の参加者は、海埜今日子、坂多瑩子、平井達也、たなかあきみつ、小島きみ子、二条千河のみなさんと、小生。
下記のリンクからご覧下さい:
http://www.kozui.net/soranoikada18.pdf

(池田康)
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2016年12月20日

フォークシンガー沢田聖子

洪水19号の特集「日本の音楽の古里」の調査の一環で沖縄(風)の音楽を集めたCD『美ら歌よスーパーベスト』を聴いていた。いろんな人のいろんな曲のアンソロジー。どれもそれぞれに魅力的だが、「ナンクルナイサ」がしなやかで晴れやかさもあり、気になった。うたうのは沢田聖子(しょうこ)。はて、知っているような、知らないような。80年代から活動しているフォークシンガーとのこと。その若い頃の演奏を聴き、この「ナンクルナイサ」が入っているアルバム『心は元気ですか』(2003)を聴き、この盤の充実ぶりから考えるに、この歌手はどうやら40代に音楽家としてのピークが来ているのではないか。これは女性歌手としてとても珍しいことのように思われる。1979〜83年の曲を集めた『アーリーデイズ・ベスト』はまだアイドル歌手のような軽やかで清楚なスイートタッチの歌いぶりで、今聴くとややもの足りない。1993〜95年の曲を集めた『パーフェクト・ベスト』は歌手としての骨格がしっかりしてきているのがわかる。「優しい風」と「本当にサヨナラ」は同じ旋律で違う詞をうたっており試みが面白い。吉田拓郎作「風になりたい」、伊勢正三作「ささやかなこの人生」も両者の味が印象的に聞ける。それが『心は元気ですか』になると更にパワフルになっている感じがあって、自動車にたとえれば、『アーリー…』の80年代は600ccのエンジン、『パーフェクト…』の90年代は1200cc、『心は…』の2000年代は1800ccと、歌唱・ソングライティングとも少しずつ強靭になってきているように思われるのだ。『心は…』は一曲を除いて(「星より遠い」は谷山浩子作)すべて自作である上に、編曲まで自分で手がけている。これは大変なこと、ちょっとやそっとではない努力と精進ぶりだ。ギターやコーラスの使い方など、鮮やかに耳に残る(「Pacifism」など)。「ナンクルナイサ」は冒頭に置かれており、続く各曲もそれぞれ違った多彩な性格で丁寧に作られていて充実している。最後には「息子からの伝言」という曲が入っていて、おそらく9・11のニューヨークテロのときツインタワーの高い階で働いていて死んだ若い男を物語るというなんともヘビーな曲なのだ(コーラス最後の「いのち」の音程のおさめ方にとくに感銘)。これを見事にうたう姿は血にじむバラッドを語りうたうことを伝統とする真のフォークシンガーとしての貫禄を感じさせる。
(池田康)

追記
先日ライヴを聴きにいったが、現役バリバリで衰えを感じさせるところもなく、絶好調だった。
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2016年12月19日

二言語の間に詩を探す

昨日は南川優子さん(帰国中)とヤリタミサコさんの英語詩研究会に参加した。目黒区緑が丘文化会館にて。ヤリタさんはボブ・ディランの歌の詞を講じた。ノーベル賞授賞式でパティ・スミスがボブ・ディランのかわりにうたった「A Hard Rain's A-Gonna Fall」はキューバ危機の際に一気に作られたとのことだが、さすがに激しい内容で心揺さぶられる。先日NHKの特集番組で紹介された、ボブ・ディランがある曲(失念!)を46番まで作ったというエピソードをも思い出し、この音楽家の狂気のありようを覗き見たかんじ。ほかに「戦争の親玉」「ジョン・ブラウン」など。どれも辛辣。先人の仕事をうけてのバラッドの創作のやり方の話も参考になった。
南川さんはリバプールで活躍した詩人のグループを紹介。エイドリアン・ヘンリ(1932-2000)、ブライアン・パッテン(1946-)、ロジャー・マゴフ(1937-)、ポール・ファーリー(1965-)といった詩人たち。易しい言葉と表現法で深い内容を語る。英国詩壇の主流というわけではないらしいが、イギリス人的曲折の含蓄があり、作りがシンプルなだけに一語一句まで考えさせられた。
二つの言語を往復しながら詩を考える刺戟にみちた会だった。
(池田康)
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2016年12月16日

月のワルツ

NHKの「みんなのうた」は好きだが、なかなか見られない。あの5分という番組時間の短かさのため、それを目指してチャンネルを合わせるというのが妙に難しいのだ。蚤がすぐどこかへ行ってしまうようなものか。つけっぱなしにしておいて自然に流れるというのが理想なのかもしれないが、そこまでべったりNHKを視聴していない。というわけでめったに見られないのだ。
先日、貸しビデオ店で「みんなのうた ベストヒット・コレクション」というDVDがあったので借りた。大貫妙子の「メトロポリタン美術館」や森山良子の「さとうきび畑」といった名高い曲も入っている。ピチカートファイヴがうたう「メッセージ・ソング」は先月創刊号を出した「詩素」で手紙をモチーフにした詩を出したこともあり興味深く聴いた。椎名林檎「りんごのうた」、彼女らしい曲。GO!GO!7188は木村カエラがうたっているかと思った、初めて知るミュージシャン。諌山実生の曲「月のワルツ」は映像にとても引き込まれる。幻想的で詩&夢の濃度が高い。いしづかあつこという人の作。曲もいい。この傾向のものが好きな人ならば2時間のよくできたブロックバスターアニメ映画よりもこの4分40秒の方がいいよと言いそうだ。こういう名作も生まれるのだから「みんなのうた」はできたらすべて見られるといい。
見逃すおそれのない総集編1時間番組を月一回でもいいからやってほしいですね。
(池田康)
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2016年12月10日

第23回 四人組とその仲間たち 室内楽コンサート

昨夕、「四人組とその仲間たち 室内楽コンサート」を東京文化会館小ホールで聴いた。全体で5曲で、以下のような構成。
中村ありす「風の門 アルトサクソフォンとピアノのために」須川展也(sax)、羽石道代(pf)。金子仁美「味覚・嗅覚―基本篇― 2本のギターのための」鈴木大介(gt)、大萩康司(gt)。西村朗「ハラーハラ 独奏アルト・サクソフォンのための」須川展也(sax)。新実徳英「ピアノのためのエチュード ─神々への問い─ 第2巻」寺嶋陸也(pf)。池辺晋一郎「バイヴァランスXI 2人の声のために」工藤あかね(vo)、松平敬(vo)。
「風の門」はタイの古代医学を発想の源として作曲されたそうで、サクソフォンを上手に活かして闊達なもの。第3セクションのリズミックな音楽は単純な構成要素からなっていたがなかなか効果的だった。
「味覚・嗅覚―基本篇―」は食、味覚に発想を得ているようだ。しかし誰でもやる飲食の行為に照応しているとされるこの音楽はそれほど聴きやすいものではない。金子氏は風変わりな音楽観を持っているようで、安易には楽しませないぞという厳しさが感じられた。そういう音楽観の新しさを求める人たちにとってはこの曲は最も手応えがあったかもしれない。最後の楽章はふしぎに気色のいい紋様感覚の音楽。ちなみにギターの鈴木・大萩両氏はラジオやCDなんかでは親しんでいたが生で聴くのは初めてだったかもしれずステージ上のどちらがどちらかわからなかった。残念。
「ハラーハラ」はヒンズー教の神話(不死の霊薬アムリタと猛毒ハラーハラの)に沿った展開のようで、ヴィルトゥオーゾ・須川展也のサクソフォンの妙技を存分に堪能できる波瀾万丈のソロ曲。この音どものすべてが音符として五線譜に書いてあるのかと思うととんでもないことのように思われるのだが、それを堂々と吹き切る見事さ。
「ピアノのためのエチュード ─神々への問い─第2巻」は内実的には宇宙論の問いのようで、音楽に即して言えば超絶技巧のエチュード。そうとう上級のピアニストでないとこのエチュードには挑めないのではないか。今回のコンサートのなかでは最もオーセンティックな組み立ての姿勢の曲で、音楽の構造幾何学をとことん追求しようという意気込みが感じられる。所々で描き出される楽想の形象もあざやかに輝き、複雑な和音の一つ一つもずしんずしんと響いてくる。和音の奥深さ、構成のロジックのゆるみを排した精密度でつき抜ける曲。寺嶋さんの力まない的確な演奏に拍手。
「バイヴァランスXI」はいろんな組み合わせが可能だが今回の初演は一人の男声&一人の女声にしたとのこと。松平・工藤の両氏は夫婦なのだそうで息が合っていた。歌われる言葉はアンドレ・ブルトンと西脇順三郎の作品の断片(のパロディ)から構成したとのことだが、それだけでなく、犬や猫、蛙や牛、その他いろんな生物や自然の音が入り込んでいる気配があって楽しく、二歳の坊やとお嬢が遊んでいるようで、根源的な音楽が生成しているような感じがした。音楽はどんなものでも多かれ少なかれシュルレアリスティックな存在だというのが小生の持論だが、これは意識的に優れてシュルレアリスティックな音楽になっていたように思われた。歌い手の衣裳は今回は正装だったが、もっと演劇的な見せ方を追求するなら、派手な襤褸ファッションをまとっても面白そうだ。このコンサートを聴きにくる客はさすがに現代音楽になじんだ人たちばかりのようで、この尖鋭的な曲を嘘のない拍手とブラボーで迎えていた。
(池田康)
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2016年12月08日

19号編集完了

乾燥してますねえ。新聞紙も台所のふきんもカサカサパサパサになっている。こんなふうに乾燥を感じたのは初めてだ。今日はある会に参加するために外出したが、遠くの山々がよく見えた。空気が澄んでいるのだろう。
「洪水」19号は編集が完了し印刷所に入れた。遅れに遅れた原稿が三本ほどあったが、なんとかなり、結果的には早めに仕上がった。執筆の皆様ご協力ありがとうございました。
今回の特集は「日本の音楽の古里」で、邦楽、伝統音楽を考える。果たしてまとまるのだろうかと不安を抱きながら作っていたが、分量的にも50ページ近い重厚さで、なかなか面白いものになったのではないかとおもう。
(池田康)
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2016年11月29日

新実徳英の合唱世界

昨日、「合唱音楽の夕べVol.4“新実徳英の合唱世界”〜愛と祈りのかたち〜」を第一生命ホールで聴いた。演奏は樹の会(指揮=藤井宏樹、ピアノ=浅井道子)。
まず「やさしい魚」(詩=川崎洋)では合唱団の声の響きを満喫する。ステージ上には、百名を超えていただろうか、オーケストラ二つ分くらいの団員が立ってうたったのだが、この大人数でも整然と麗しい歌声を作り上げるのに、当然のことなのかもしれないが、感嘆した。よく鳴る、いい楽器が、明朗な音楽をうたうのは楽しい。
次に「三つの愛の歌」。その1は柿本人麻呂の長歌による「寄り寝し妹を」、独特の幽玄の〈陰〉の曲調で、創造のユニークな新しさという点ではこの夜のプログラムで最も刺戟的だった。以前ある新作歌曲の会でやはり万葉集をテキストにした曲を聴いたことがありそれも繊細な音の波立ちがあって良かった。いつか新実版万葉集シリーズをまとめて聴く機会があるといいと願っている。さてその2は「Thy mouth like the best wine」(旧約聖書「雅歌」より)。聖書の中の詩句ながら「濃密な愛の空間」と解説されている。その3は「Suavies cantus」。キーツの、「聞こえる音楽は美しい。だが、聞こえない音楽はもっと美しい」と語る、魂へ届く歌たろうとする詩。新実さんが大事にしている詩篇で、メシアンの初期の音楽を想わせるような単純な作りの音楽が崇高さをもって静かに立ち上がった。この三作をひとまとめにするというのはよくわからないのだが、ステージ上の解説によると、組曲というわけではないようで、一冊の楽譜にたまたまこの三作が集ったということか、小説の短編集のようなものだろうか。
コンサート後半は、和合亮一さんの詩による、5年前の大震災をふまえた作品「黙礼スル」。これは第1番「畏れる」「祈る」、第2番「闇夜」「決意」「青空に」から成る。ステージを埋めたとんでもない数の歌い手たちによる大合唱はさながら大壁画を創り上げるようだった。リズムの創出の面白いもの、譜割りのひっかかりを感じさせるものなど、変化も様々あり、大変ドラマチック。新実さんの作曲家としての特長は、過不足なく〈完璧〉を作り上げるという点に見ていいかもしれない。表現者は往々にして力こぶを入れるあまり「過」に傾きがちなのだが、新実さんはあるべき形を絶妙なバランスで構築していく。よく見えていて、手を変に動かしすぎない。従って作品が揺ぎないものになる。このような大作ではその特長がよりはっきりと表れるように見えた。立派に出来すぎていて、震災の歌だから、「つぶてソング」よりも恐いものになっているかもしれない。福島の人たちはこの曲をどう聴くだろうか。
「黙礼する」とは、おそらく「黙祷する」の意も込められているのだろう。青空に、小石に、波頭に、くるみの木の切られた跡に……世界の全てに黙礼する、つまり祈りを捧げるということを、ふだん我々はやらない。日常生活では身の回りのものはただ自然にそこにあるだけ。が、それら世界のすべてのものに祈りの「黙礼」をすること、その行者の意識によって日常空間はある種の非日常なものになるのだろう。そういう〈観のマジック〉を秘めた歌ということができる。
和合さんも福島から出てきていて、ステージ上からの挨拶を聴くことができた。
(池田康)
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